わたしたちは力士についていったいどれだけのことを考えられるのか2

 力士は私の存在を知らないのだから、同程度にそうである、とは言い難いのだが、力士が私に興味がないように私は力士に興味がない。

 wakahagetarouである私は平成4年生まれの25歳であり、各界の同年代を挙げろと言われてみれば、プロ野球のヤクルト山田や巨人宮国、芸能界ではakb指原、俳優の染谷将太などを挙げることができる。しかし、各界の同年代を挙げることができても、角界の同年代は挙げることができない。

 なぜなら私は力士に興味がないからだ。

 力士に興味がないにもかかわらず、どうして力士についての文章を書かねばなるまいか。ときどき、ふと思い出しては、あれはいったいなんだったのだろう、と立ち止まって考えさせられる私的力士事情があるからだ。

 あれは、wakahagetarouが中学の時分であった。

 帰宅してテレビをつけると大相撲を中継していた。なんの気なしに画面に視線を向ける。土俵に向かって一人の力士が歩いている。ここで解説者が繰り出した一言が、力士に興味がないにもかかわらず、興味がないなりに力士について考えなければならない状況を捻出することになる。

 

実況「休養明けです。○○山」

解説「ええ。ですからまだ余分な肉がついていますね」

 

 いったいどんな肉なんだそれは。

 

 このときから、名前も知らない解説者の一言をときどき思い出しては「力士」を考えざるをえなくなったのだ。

 問題は「肉」と「力士」の関係である。そして事態をややこしくしているのは「余分な」という「肉」を修飾する一語だ。

 「余分な肉」。なんの問題もない表現であるように思える。

 リングに上がるボクサーに「肉」がついていれば「余分」だろうし、ランウェイを闊歩するモデルに「肉」がついていれば「余分」だろう。なにもボクサーやモデルのように「肉」に敏感にならざるをえない職業の人たちだけではなく、一般人においても「肉」がつきすぎてしまっては「余分な肉」の人に堕してしまう。

 しかし、ここで問題となっているのは「力士」である。

 wakahagetarouの知る限り「力士」は太らなければならない。常識に逆行して積極的に「肉」をつけていかなければならない職業の人たちなのだ。

 わざわざ運動後などの、エネルギーを吸収しやすい、つまり「肉」のつきやすいタイミングを見計らって、人としてどうなのだという量のメシをたいらげなければならない。これはもう義務に近い。「力士」にとって「肉」をつけることは仕事なのだ。

 だからますますわからないではないか。「余分な」ということは、「ついてはいけない」ということだ。なにが起こっているのだ。

 「肉」をつけるのが仕事であるにもかかわらず、「肉」をつけたら「余分」だった。わからない。これほどまでにわからない「肉」がかつてあっただろうか。

 わかりそうなところから問題にアプローチしてみようと思う。

 ひとつわかるのは「力士」ついている「肉」において、良き肉と悪しき肉があるということだ。また、実況の休養明けですという発言を受けて、解説は「肉が余分だ」と言っている。

 以上のことから次のような推測が許されるだろう。

 

 「休養中についた肉は悪しき肉」

 

 もしかすると、そのような角界の「肉事情」、あるいは「力士的メカニズム」があるのかもしれない。

 しかし、それが正しいのだとしても、「肉」や「力士」に門外漢である身にしてみれば、次のような根本的疑問がふつふつと湧き上がってくる。

 

 「相撲解説者の良き肉・悪しき肉ジャッジは本当に正確か」

 

 仮に実況が休養明けであるという事実を伏せた上でも、解説は土俵へ向かう力士を見て、休養明けであるから余分な肉がついていると言い当てることができただろうか。

 あるいはこういう企みをしてみてはどうか。

  コンディションの良い力士と休養明けの力士をそれぞれ5人ずつ集めて、ランダムに整列させる。その上で、相撲解説者に良き肉の力士と悪しき肉の力士のジャッジをさせ、正答率を調べるのだ。「利き力士肉」である。

 この企みで、良き肉である肉を悪しき肉とジャッジされてしまった力士の気持ちを慮ると、wakahagetarou心が痛くなる。

 苦労を重ねて、必至の思いでつけた良き肉を、相撲解説のプロフェッショナルに悪しき肉と刻印を押されたのだ。

 悩むのではないかと思う。悩みに悩むだろう。悩みすぎて、精神的にダメになってしまい、土俵に上がれない状態になってしまって、休養に入ってしまうだろう。休養に入ってしまってはおしまいだ。それでは本当に悪しき肉がついてしまうのだから。

 

 あの日の、あの一番。

 解説者に「余分な肉」がついていると評された力士は負けた。

 

 ああ、こりゃ余分な肉のせいだろうなぁ、そう思ったのだった。